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【総合報道】 2005年08月20日

論説:江沢民と「真の悪の枢軸」

Levi Browde

ニューヨーク【法輪大法情報センター】―  中国の前独裁者・江沢民は、下記の報道に神経を尖らせていたことであろう。

欧州メディアによると、ドイツのニュールンベルク州裁判所は、前アルゼンチン大統領・ホルヘ・ビデラに対して、彼の任期中、1970年末から1980
江沢民は自らの犯罪を中国政府のベールと恐るべき情報封鎖の裏に隠しているので、国際法への挑戦ポーズをとっている。
年初頭にかけての拷問と数千人もの虐殺の容疑で逮捕命令を出した。元NATO司令官、ウェズリー・クラークは、スロボダ・ミロシェビッチが7000人に上るセルビアの大量虐殺について事前に知っていたことを証言し、それによって、前ユーゴスラビア大統領に対する大量虐殺罪を追求した。元イラク独裁者、サダム・フセインが数ヶ月にわたる逃亡の末、鬚だらけの疲れきった様子で隠れ穴の中から逮捕された。

時を同じくして、先ごろ2025年までに世界の独裁者を排斥する方法について書いた本が出版された。著者は元米国大使と26年の軍歴を持つ米国務省ベテラン軍人のマーク・パーマーで、北米コラムニストによる関連記事を徹底的に調査し、情報収集している。

12月16日付け、ウォールストリート・ジャーナル誌は、この本を「9.11事件以後、次々と出版された平和探求に関する著作の中にあって、最も優れた、また最も注目されていない大著の一つである」と評している。

「本当の悪の枢軸を潰せ」と題された著作は、世界に現存する独裁者を排斥するための外交政策の青写真である。パーマーはこの著作で挙げた45人の指導者を「少なくとも世界の45人の指名手配者」と呼んでいる。

60年前に国連は、独裁者の背後で行われている恐ろしい犯罪に対して画期的な条約を採択したが、その頃と違い、現在の世界はもう独裁者を許さなくなっている。国連は1948年にジェノサイドに関する協定、1984年には拷問に関する協定を成立させている。以上挙げたものはその数例にすぎない。

それ以降、国連で採択された協定や法律は人道に反する犯罪を法に照らして処断する上で一定の成果をもたらした。現在では国際法は、最近まで絶対的に独裁者の国内権力支配圏とされていた領域にまで、影響を及ぼすようになっている。チリのアウグスト・ピノチェト、或いは、リベリアのチャールズ・テイラーの例がそれである。

国際法に対してのユニークな挑戦

独裁者への不寛容さは、頂点に上ったので、恐ろしい人権侵害から守られるように国際社会に大事にされている国際法及び国際協定は、中国の前国家主席・江沢民のようなケースに対して、おそらく最もユニークな挑戦を直面している。

1999年7月に江沢民が始めた法輪功学習者に対する激しい迫害について、CNNの中国問題上級アナリスト、ウィリー・ラム氏は、「文化大革命への回帰」と論評した。中国の近代史を知っている者にとって、この例えは、不法な逮捕、残忍な殴打や拷問、大量虐殺などのような恐ろしいイメージを回想させるものである。

法輪大法情報センターによると、2,781人の死亡が確認されているという。また、情報通によると、推定死亡人数は数千人にのぼり、数十万人が拘留され、十万人以上が裁判することなく強制労働収容所に入れられているという。

アムネスティー・インターナショナルの人権侵害「悪党」リストのトップクラスには、江沢民の罪がフセイン、ミロシェビッチ、ピノチェ等と肩を並べている。明確な証拠が揃っているにもかかわらず、また、彼の犯罪が明らかであるのに、どうして江沢民は未だに国際法に挑戦し続けられるのか。その答えは三点にある。

私的な決断をあたかも政府方針であるかのごとく偽装

第一には、江沢民が私的決断と中国政府方針の境界線を意図的に不明瞭にして、江沢民個人の犯罪を特定し難くしていることだ。今日まで、世界の人々は法輪功が中国政府との間にトラブルを起こしていると思っている。このような誤解は偶然ではなく、江沢民が周到にシナリオを描いた結果である。彼は政府機関を自分の道具として利用したのだ。

江沢民は、法輪功の「絶滅」を画策しただけでなく、1999年に法輪功を支持する首相と全政治局の決定に背いて、迫害運動を起こした。軍権を握る国家トップリーダーとして、江沢民は政府機関に命令を下し、迫害運動を始め、それと同時にこの迫害運動は政府決定であるかのようなイメージを与えることに成功した。

マーク・パーマー氏は、新作のインタービューでマスコミに次のように語った「この迫害はあくまでも江沢民個人の決断です。政治局委員の一部は自身が法輪功の学習者であり、また、家族が学習者である者もいて、多くの政治局員には法輪功を弾圧する意志がまったくありませんでした。その迫害については江沢民に責任を問わなくてはならないのです」

新しいかたちのジェノサイドか

第二には、法輪功迫害における犯罪の全容は多様であり、一つの範疇に類別し難いこと、また、国家の情報源がこの種の情報の流れを遮るように機能する状況において犯罪を立証するのはきわめて困難なことである。現に、法輪功学習者に対する不法逮捕、拷問、虐殺とその他の深刻な人権侵害の事例は三万件以上登録されている。ところが、中国で法輪功学習者に対して行われている、宗教弾圧と言うより、むしろ大量虐殺と言うべき組織化された迫害は、国際社会にとっては見えにくいものとなっている。

中国共産党の統治による動乱期を通じて、中国では複雑多様にして、乱暴な迫害の組織的方式が開発され巧妙化されたのである。この方式が目指すところは、社会の少数を孤立させ、個々を洗脳する方法で無力化させ、手段を選ばずに共産党の思想に順応させることにある。何千人もの学習者が、このような暴力的な「洗脳」の過程で死亡した。だが、このような迫害の究極の目的は、従来のジェノサイドの概念、つまり、狙っている社会グループを絶滅させることにあるのではなく、信仰を捨てさせることにある。信仰を根絶するということは、即ち人間性の根源を潰すことに他ならない。

第二次世界大戦のことを想像してみよう。例えば、ヒトラーが600万人のユダヤ人を殺す代わりに、信仰を捨てさせるために洗脳センターに送ったとしよう。洗脳センターでユダヤ人を拷問し、洗脳のありとあらゆる手法を駆使して、宗教を捨てざるを得ないところまで追い詰め、公衆の面前でモーゼを罵らせ、ユダヤ教聖書、トーラーを焼かせる。ナチス軍人に協力してユダヤ人が同じユダヤ人を洗脳することを強要される。拒否する者は虐殺される。

これはジェノサイドなのか、あるいは、私たちが名を与えることができない何か別のものなのか。それはともかく、これは中国で1999年以来法輪功学習者に対して行われている迫害のかたちであり、このような迫害は人間性に背く恐ろしい犯罪である。

メディア宣伝戦

江沢民の国際法への挑戦ができる第三の理由は、世論操作である。法輪功迫害運動に江沢民は「ペンと剣」を両方使うという効果的な手段を採用した。AP通信社の報道によると、1999年ニュージーランドで行われたAPEC会議で江沢民は、ビル・クリントン大統領に会い、中国の宣伝を行う人の手による法輪功を中傷する書物を彼に手渡したという。言うまでもなく江沢民のねらいは、米国大統領に中国政府方針への協力を要請することだった。社会にとって法輪功のことを「危険」、或は脅威と描くつもりで、江沢民は、同じような法輪功を悪魔化する書物を世界各国政府及びメディアに配り、また、アムネスティー・インターナショナルや人権観察のような人権組織の指摘は「立証されていない」「インチキ」或は「大規模な宣伝キャンペーン」と主張した。

嘘を何回も繰り返せば、人は信じるようになる。今、江沢民による反法輪功材料は、世界中に流されている。知らない人には、事実とフィクションは絡み合ったようになった。確かに、江沢民の虚報キャンペーンは西側メディアと研究界までにも及んでいる。

ほとんどの中国専門家は、中国政権が法輪功に対して嘘をついていることがはっきりと分かっているが、これほど大規模に宣伝すれば、嘘もそれなりに人々に影響を及ぼすことになる。

「二度と起こしてはならない」

江沢民は中国政府の陰に隠れることによって、国際法に試練を与えている。彼の犯した罪の全容は把握し難く、摘発が難しくて、そして彼が世界で行った法輪功についての虚報キャンペーンは国際社会の批判者に影響を与えている。

実際、江沢民はある種の魔術師で、世界に催眠術をかけているようだ。しかし、これは魔術ショーではない。これは拷問であり、そして伝統的かつ平和的信仰に対するジェノサイドである。ナチスドイツのアウシュビッツ及びブッヘンバルト収容所の恐怖を目の当たりにしたときに、我々は「二度と起こしてはならない」と誓ったはずだ。


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