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【総合報道】 2016年08月05日

17年にわたる拷問
17年にわたる殺害
17年は長すぎる

  ニューヨーク――1999年のこの日(7月20日)、
法輪功学習者及び支持者は、ワシントンDCで中国で殺害された法輪功学習者のために、キャンドル・ビジルを行った。
中国共産党は、一億人の中国人の平和的な精神修養を禁じ、迫害運動を起こし、彼らの生活を破壊させ、凄まじい人権侵害の残虐行為及び計り知れない数の殺戮が行われた。

  17年を経っても、その残虐な行為はまだ続いている。

  2015年1月から、930名以上の法輪功学習者は、見せかけの裁判の後、時には裁判もなく監獄や強制労働収容所に送られた。1万人以上は、超法規の拘留センター(黒監獄とも呼ばれる)で衰弱し、また当局による拉致を避けるために、極貧の路上生活を送ってきた。当局は法輪功学習者を彼らの持っている信条を強制的に転向させようとするために、拷問を日常茶飯事とした(アムネスティ・インターナショナル)。法輪功学習者が、数日の監禁によって死亡した事例は、続々と暴かれた(大紀元時報)。

  驚愕すべきは、最近のある調査報告で中国の病院が年間で1万例の臓器移植手術を行ったと示されたことだ(CNN報道)。それらの臓器は、ほとんど法輪功学習者からのものだ。彼らは不法に拘束され、そして臓器を摘出するために殺害された。ある推定によれば、2000年からおそらく百万人の法輪功学習者が臓器収奪で殺害されたという(大紀元時報)。

  しかし、1999年に、ほとんどの観察者が予測できないことも起こった。それは、法輪功は生き残っているのみならず、却ってますます盛り上がってきて、今中国当局のほうはなんらか守勢に立っている。

  中国で何千万人は、法輪功を実践しつつあるが、一部の人は最近初めて法輪功の実践を再開した。彼らはこっそりと穏やかな座禅をし、真・善・忍の原則は日常生活に組み込まれている。拷問の下に自分の信念を放棄すると強制的に宣言させられた人の中にも、50万人の人たちは、オンラインでそのような言動を「取り消す、そして無効だ」と宣言した声明文を発表した。

  20年ほどの間に、当局の誹謗中傷の宣伝を論破するために、電話をかけ、自家製のチラシをプリントし、VCDを配布することで、皆の目の前に起こった虐待のことを自分の同胞に伝えることにより広めた法輪功の草の根の活動努力は実っている。数百人の弁護士は法輪功学習者のために、法廷で彼らの受けた迫害の合法性に疑問を投げかけ、彼らの無実を訴えた。数千人の法輪功を実践していない中国人は、法輪功を実践している同胞の釈放請願書に署名した。一部の地方の警察官は、積極的に法輪功学習者の住民を守り、彼らを逮捕することを拒否した(フリーダム・ハウス報告書)。

  一方、無数の人々を怖がらせた治安当局の元トップ・リーダー(周永康)は、今刑務所にいる。その活動の最終的なターゲットは張本人の元中国共産党リーダーの江沢民で、彼は2015年5月から、中国全国の検察院に提出された20万通以上の刑事告発状の被告人になる。

  中国共産党による法輪功への不法な迫害が17年に及ぶ今、それらの動きに対する認識、そして如何に反応するかが重大な問題である。法輪功学習者への逮捕、拷問及び殺害を止める措置を取る事が相変わらず喫緊の課題である。草の根レベルで言えば、警察官はもう少し広い範囲で個人の選択肢を選べるので、拘束された法輪功学習者のために取った如何なる行動の影響も、前よりおそらく大きくなる。

  国際社会は、共産党の上層部に対し、今の中国共産党トップの習近平に圧力をかけ、法に照らして、江沢民及び他の主要な責任者に裁きを受けさせるチャンスがまだある。

  この重大な時期において、共産党の迫害政策を否定する平穏なやり方を取り、真・善・忍の価値観を守る意義があると思う中国人は、だんだん増えてきた。もし彼らは、中国の中でそれをやる意志と勇気があれば、自由を享受する安定な西洋世界における我々は、彼らが孤立しているのではないことを保証できる。


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